性を癒すと、心が軽くなる

「なぜか心が重い」
「理由はないのに、ずっと緊張している」
「頑張っているのに、満たされない」
こうした感覚を抱えている人は、実はその背景に、性の領域の癒されなさが
深く関係していることは、あまり知られていません。
性を癒すというと、
「性的な問題を解決すること」
「性行為を改善すること」
だと思われがちです。
けれど、ヒーリングやタントラの視点で言う
性の癒しとは、もっと根源的なものです。
それは、
自分の身体と存在を、そのまま受け入れること
に深く関わっています。
性は「一番奥にしまい込まれやすい領域」
性は、人にとって、とても自然なものです。
生きること、感じること、つながること。
その中心にあるエネルギーです。
しかし同時に、性は
・恥
・罪悪感
・怖れ
などとも結びつきやすい領域でもあります。
・触れてはいけない
・話してはいけない
・欲求を持ってはいけない
小さい頃か、そう教えられるからです。

結果として、多くの人は
性を感じないようにすることで、自分を守ってきました。
性を切り離すと、心も身体も重くなる
性の感覚を抑え込むことは、
一部の感情だけを止めることではありません。
快だけでなく、喜び、安心、つながり、生命感
といった感覚まで、同時に鈍くなっていきます。
子宮に感情が詰まっていると言ったりもします。
これは比喩的なものではありません。
性は、心と身体が最も深く結びつく場所だからです。
心が重い人ほど、性を「感じない」状態にいる
心が重い状態が続いている人の多くは、
無意識に身体の下半分の感覚を切っています。
・骨盤周りが緊張している
・呼吸が胸までしか入らない
・地に足がついていない感覚がある
頭で考え、理解し、コントロールしようとする一方で、
性や身体感覚の領域は置き去りにされています。
この状態では、どれだけ前向きに考えても、心は軽くなりません。
性を癒すとは「性を良くする」ことではない
ここで誤解してほしくないのは、性を癒す=性的に開放的になる
という意味ではない、ということです。
性を癒すとは、
性を否定しないこと
感じていない自分を責めないこと
から始まります。
タントラでは、性は「何かをするもの」ではなく「存在そのもの」として扱われます。
感じてもいい。
感じられなくてもいい。
違和感があってもいい。
その許可が出たとき、
身体は少しずつ緊張をほどいていきます。
ヒーリングが性の領域に触れる理由
ヒーリングが深まっていくと、
多くの場合、自然と性の領域に触れることになります。
なぜなら、
性は最も深い防衛がかかっている場所だからです。
過去の傷。
境界線を越えられた経験。
大切にされなかった感覚。
それらがある場合、
身体は「感じない」ことで自分を守ります。
ヒーリングとは、
その防衛を無理に壊すことではありません。
安全だと身体が理解するのを待つこと。
それができたとき、
性のエネルギーは再び流れ始めます。
性が癒されると、心に起きる変化
性の領域が少しずつ癒されてくると、
心は驚くほど軽くなっていきます。
・理由のない緊張が減る
・自分を責める声が弱まる
・人との距離感が楽になる
・「これでいい」という感覚が増える
これは、
性の癒し=自己受容
だからです。
性を受け入れるとは、
「生きている自分」を受け入れること。
だから、心が軽くなります。
タントラが教える「性と心の統合」
タントラは、
性をタブーとはせず、ニュートラルに扱います。
むしろ、
性を通してこそ
心と身体、意識と感覚が統合される
と考えます。
性を癒すことは、
特別な体験を得ることではありません。
分かれていたものが、ひとつに戻ることです。
その統合が起きたとき、
人は自然体で生きられるようになります。


